Lesson44 オケ曲は弾けないものである

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師匠宅の上の階が売りに出されてました。てっきり下とか隣とかが、師匠宅のうるささにヘキエキして出て行ったのかと思ったわ。しかし築30年以上するであろうこのマンション、私の部屋買った時と同じくらいの価格なのねん。流石一等地だなあ。渋○区の威力だなあ。

本日のエチュード2曲は曲というより右手の反応の練習。アップにアクセントがついている2連符と、アップ・ダウンにアクセントが入れ替わる3連符バージョン。同じ曲のバリエーション。3連符はなんか慣れているようで一発で終わりましたが2連符のつまりアップのアクセントで速く弾くパタンが苦手なようでした。右手の動きが不器用だからなんだろうな。大きすぎるというか。
「ふつーは3連符パタンの方がアップとダウン入れ替わるから苦手な人おおいんだけどね、あんた変わってるね、逆って」
一挙に3ページ分散和音弾かせられたので疲れました。

本日は私のレッスン後直ぐに練習だそうで、楽○協会なんだとか
「ストラヴィンスキーやるんだよな。難しいぞー」
「ハルサイとか火の鳥とかですか」
「そんな普通のじゃねえ。ディベルティメント」
「へ?(そんなんモーツァルト以外はしらん)(ハルサイってふつーのなんだ・・)」
「弦分奏みにいくんだけどぐっちゃぐちゃらしくて、楽しみだねー」
やなおっさん。
「だって俺らが初演したんだもん」
少し鼻の穴膨らむ
「俺たちのオケはロシアものの8割以上は初演したんだぜ。フランスものも多いな。なにせ
あの頃はNと俺たちしかなくて、やつらはドイツもんばっかりやっていたからな」
「ヤン○ソンスでショスタコやったけど、俺たちが余りに上手いから本当は友人である作曲者自身を連れてきたかったけどあいつはソ連から出られなかったかれねえ」
「実は四季もうちが初演だったんだよ、。戦後わりと直ぐだな。前橋○子がバイオリン弾いてねえ
当時中学2年だったよ」
まるで自分が初演したかのようだが、戦後直ぐ、では師匠は小学生にして団員になってしまうのでそんなはずはない。

「ベートーヴェン田園のコンバスとか、9番の4楽章とか、オケ曲ってもともと奏者が弾く事不可能だろうって部分よくあるだろう。あれはもともと弾ける事なんて想定してないんだよね。」
「あら、そうなんですか」
「あーゆーのはどんちゃかどんちゃかする雰囲気を表すので、オケ曲ならではの譜面なんだよな。だから俺たちだって弾いちゃいない」
「えーそうなんですか」
「1音だけとんでもなく離れているがために弓ががたがたになるんだったら、1オクターブ上を引いたり、良くやるよ。潔く捨てるんだ」
「モーツァルトはまでは違うんだよね。全て演奏者が弾けないと作れなかった。だから弾ける音になっているはずだ」
「そーですかねえ・・」
「タケミ○なんかはモーツァルトにならって弾ける音しか使わなかったんだ。なのにニューヨークフィルで演奏したら弾けてないんだよ!これで悩んだね。ところがうちのオケは完璧にひいてやった。弦は日本の方が上手いからね。感激していたぜ」

「タケミ○といやあ、無名の彼の曲を積極的に取り上げたのは俺たちで、たまたま聴きに来ていたストラヴィンスキーが彼の才能を見出して世界に宣伝したんだ。タケミ○は俺たちに足向けて眠れないんだぜ」
(それはストラヴィンスキーにではないのか)

等等

60分のうち、結構弾いたな、と思ったけど、電車まっているあいだ思い出しつつ雑談メモとったら凄い量になった。つまり凄いスピードでずっと話し続けてたってわけだろうなあ。
師匠はやはりおそるべしだ。
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by violatsubone | 2008-05-24 12:00 | ビオラレッスン