こういう時はタイムリーに書いてみよう

会社は27階にあり、本日締め切りの資料作りなどをしていた。先程、DAIBAのメーカーには出向や業務移管の説明をしにいき、帰社してから16時に訪問してくる大嫌いな大阪商人と価格面でやりあわねばならんので、その間をぬって大急ぎで作成。
ぐらりと地面がゆれて、ああまた地震だな、と思って引き続き資料をぱたぱた作っていた。そのうち結構縦だの横だのに派手に揺れ始める。高層ビルは構造上ゆらゆらゆれるようになってんだっけな。
隣の同僚が、「机の下!ヘルメット!」と大声を上げ、派遣のお嬢様方が黄色い声を発していて、これは中々大きいものだ、それに長いなあと、相変わらず資料つくりながら思った。そのうち、山積みになっている同僚の資料が私の机の上に雪崩の如く落ちてきたので仕事が出来なくなり、どうしてこういう机にしておくかな、と同僚を睨みつつ、(そいつは既に机の下にいた)、仕事をやめて腕と足を組んで様子を見ていた。こういうとき、騒ぐ人と、ギャクに泰然自若とするヒネクレモノがいたら私は完全後者だからだ。同じ性格の同年代女性と「書類に埋もれて死ぬのだけはやだったんですがねえ」とつぶやいたら、若い女から「そんなこと言わないで下さい!!」とどやされた。
横の壁に、大きな壁掛けTVがあり、普段は為替と株価とニュース速報がうつっている。まだ揺れも完全収まらないうちに、為替がぼんっと円安になった。83円30銭くらい?。け、早々に売りやがったか。ところでオープンの為替どのくらいあったっけ?私は自分の分は全部〆たよ。俺も大きなのはなかったかな、やっぱりこういうときのために為替は〆とくべきだよなあ。机の下から這い出てきた同僚が急に冷静になっていった。(翌日は資金確保の為逆に円高になっている)。同時にCNNニュースでTunami hit Japan!という速報が流れていた。Tunamiの前にearthquakeじゃないのかと思うが、言葉のインパクトとしてはこのワールドワイド日本語の方があるのだろう。
ところで、ここ落ちてきそうな電球も何もないんだけど、机のしたに入る意味ある?余りないかもね。それよりこの机何とかしてよ。ここは私の領地よ。あ、また揺れた。これ凄いね。俺シアトルにいたときに一度あったけど、それより凄いかも。そっか私は初めてかなあ。震源地宮城だって。
そういえば、セ○ムの安否確認、こない。年に2回くらい、安否確認システム訓練とかいって、送付されてくるメールに返答し、それとは別に上席に状況を即報告するというもので、たとえ客先で商談中でもやれという必須だったのに、肝心の本番の時に全然こないじゃないか。セxム解約しろよ、詐欺だ。と、あちこちで文句が出た。とりあえずこの場にいないものの安否確認だけは、した。両親とは電話が通じなく、メールも返事こないので諦めた。都内だから大丈夫だろう。NZ地震を1日違いで回避した人達だし。
災害対策本部から、BCP(Business continuity plan)作動といわれたのだが、「今客先に電話するのって迷惑だよなあ」とつぶやきつつ、サラリーマンは言われたとおりに行動せねばならんと、リストの担当顧客に電話する。通じないじゃん。全然だめじゃないの。他方、向かいの後輩の担当会社からは「茨城の工場は動かんので四国の委託工場で作ることにした。ものはこべ!」とこんな時こそ商機だとはりきる電話もあり、流石商魂たくましいねえと呆れる。16時の客も当然キャンセルと思ったら「これから車で伺います」という。大阪商人だから嫌いだ。命より価格交渉か。もう生きているだけでめっけもんだから幾らで売ろうがいいじゃないか。アポの時間を1時間半過ぎてそいつらは会社の下に到着したが、受付でエレベーターが作動していないといわれたので電話のみで諦めて去った。私は降りる気無いもんね。
火事だというので窓際によってみた、先程訪問したあたりから黒い煙がもくもくと上がっていた。ありゃ、私の客は燃えてしまったのか。後にメールが着て無事なことは確認されたが、そのメールの内容は、資料の催促だった(-_-;)。
壁のTVはマーケットクローズの後は、一般TVを写し、あちこちで映画の様な被害状況がリアルタイムでうつっている。走っているトラックが津波に飲み込まれる映像を、家屋や車が押し流され、その中には沢山の人がいるであろう映像を、村が丸ごと飲み込まれる映像を、渦潮になすすべなく巻き込まれていく漁船の映像を、次々と写している。さすがに仕事せずに呆然とみていた。
電車が不通で帰れないので仕事するしかなく、帰れといっていた会社も、日没過ぎると留まることを前提にするようにと避難グッズの配付を放送した。そういうことで逆にハイになってしまった派遣連中がうるさい。宴会とか始める。資料を客先に送付し、次の仕事にうつろうとしていたのだが、何か気が散る。20時頃、エレベーターが動くという放送が入り、何人かは食べ物を求めに、または夕食を食べに降りていった。家族がいる人か、うちの近所の人が帰るといい、同方向の人が何人かジョインするという。お泊りグッズもらって会社で仕事するのも、歩いて帰るのも初体験といえばそうだが、社内が環境的に煩かったし、夜中の仕事なんて珍しいことでもないので、ここは、より普段では出来ない体験の方をしよう、と、徒歩で帰る組に立候補した。最初同行する予定だったO岡山在住の同僚は娘の安否確認したので帰らないという。映画だったら、ここで別れた方のどっちかが死ぬんだぜ、運命の分かれ目かもね。会社内が安全だよ。守らなくちゃならない人がいるわけじゃないので、どっちでもいいけど、ちょっと歩いて帰る方が興味深いので。本音は仕事にも集中しずらいうるさい会社内が嫌だったので。上司から、ヘルメット必須といわれたので、手に持って帰る。帰ったら報告メールよこせよ。
帰宅組集合すると、私以外の女性2名は運動靴を履いていた。どうしてもっているの?万が一に備えておいていたのが役立ったの。準備のよさというのはこういうときに効くものだな・・。日比谷通りをサクサク歩く。外は案外平穏だ。帰る人は多めだが、溢れるというほどでもない。それより風が強くて寒い。途中、手袋を持っていない男性が、寒いからとコンビニに寄って軍手を買った。コンビニの食料品棚は何も無かった。記録的売り上げだろうなあ。日比谷通り沿いにはカフェやレストランが営業していた。従業員も帰れないし、同じく帰れない会社員で結構埋まっていた。かまわずサクサクあるく。芝公園のあたりを曲がり、あざぶじゅばんから桜田通りへ。再開発で売り出されているゴージャスマンションの前を通る。ここまで1時間くらいか。いいなあこのゴージャスマンション。白金高輪のあたりから、パンプスの私は少々遅れてくる。大丈夫ですかと後輩から声かけられるが、大丈夫なんだけど速度がにぶったのよ、普段テニスや山で鍛えているあなた方とは違うわ・・。中原街道組がいたので、ずっとそのまま五反田方面に。山手通りで、3方に別れる。近所の人ともわかれ、後10分で着く、くらいから安心?から足が痛くなって引きずるように。マンションに着いたら、やはり帰れずに留まっていた管理人のおじさんから、エレベーターうごかないので、といわれた。低層階でよかったとこのときほど思ったことは無い。家で靴を脱いだらストッキングが血に染まっていた。やれやれ爪が刺さったのかな。リビングは地震でぐちゃぐちゃ!と思ったが、ぐちゃぐちゃなのは地震の所為ではなかった。譜面台からポインセチアに至る迄、全く被害がなかった。弦が緩んでいたくらい?。ちょっとひと息ついて、上席に報告し、親に連絡しようと思ったが相変わらず不通なので諦め、ゆん姐に連絡した。近所に在勤で、帰れないとツイートしていたからだ。即座に来るというのであわててリビングを整理しようとおもったが、しきれずに開かずの間に洗濯物などをぶんなげた。
日付が変わって直ぐくらいに、姐さまが登場した。
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by violatsubone | 2011-03-11 14:45 | つぶやき